過剰な電磁波

 日頃、私はいろいろなセミナーに参加している。もちろん自己研鑚のためだが、出席してよかったと思うセミナーもあれば、二度とごめんだといいたくなるようなセミナーもある。
 ここ最近でもっともひどいと感じたのは戦略的経営を説いたあるセミナーだった。「日本は今、戦争中です」というところから始まり、敵はアメリカ、司令官はクリントン大統領らホワイトハウスの面々、黒幕はロックフェラーとロスチャイルド、そして大蔵省とゴールドマンサックス証券がその手先だという。まあ、よくある低俗なユダヤ陰謀説の焼き直し版といった内容であり、あきれて物もいえない午後のひとときであった。だが、どのような内容であれ必ずや学ぶところはあるものだ。
 耐えに耐えた(あまりの内容に退屈だったのだ)約2時間だったが、帰り際に目にしたのが他の出席者達の満足げな表情と「なかなか面白かった」という言葉だった。一瞬、私は耳も目も疑った。あんな、ただセンセーショナルなだけの愚にもつかない話が面白いとは・・・。
 そして私なりに考えて得た答えが、センセーショナルな内容は理解できるかどうかに関わらず面白いと感じさせる、というものだった。冷静で論理的な話は人を退屈させ、過激で感情的な話は人を楽しませるというわけだ。だが、価値観の異なる者同士で知識の伝達や交換を行おうとするときに、互いに冷静に論理的にならずに果たしてうまくいくものだろうか。私には、感情的な接し方では伝えたいことを歪曲してしまうおそれがあるように思えるのだ。
 スポーツの世界などでは、指導する者とされる者の間に、激しい感情のぶつかり合いもある。だが、それは経験豊富な指導者による「計算された」激しさであることが多いのではないかと考える。私自身も海上自衛官時代にはなかなか過激な(と感じた)訓練を受けたが、その過激さが冷静に計算され計画に沿って実行されているものと知った時は驚愕したものだ。
 しかし、セミナーはスポーツや戦闘訓練の場でもない。だから程度の問題でもあろうが、制御されたものであってもなくてもセンセーショナルな表現というものはあまり必要ではないと思う。
 さて、毎度お馴染みのパターンだが、昨今私が疑問に思っている話題のひとつに「電磁波の恐怖」というものがある。これも本来の議論から外れ、センセーショナルな部分だけが独り歩きしている典型的な話題であろう。もちろん、コンピュータの世界でもこの「電磁波の恐怖」というたぐいからは逃れられないようなので、私なりに解説を試みようと思うのである。
 電磁波とは何か、と問われて的確に答えられる者はそう多くないだろう。一般な認識としては、携帯電話のアンテナや電子レンジ、テレビ、パソコンからも放射され、長時間浴びつつけることにより健康を害し、ひいては癌など数々の疾病の原因ともなりうる何か、といったものだろう。
 では、身の回りから全ての電磁波を追放したらどうだろう。健康な生活を取り戻せるのだろうか。結論からいうと(もちろん!)「NO!」である。それどころか、もしある瞬間から周囲の電磁波を全て取り除くということが可能だとしたら、そんなことを実行した瞬間に100%即死だろう(註1)
 なぜなら、電磁波のない世界とは光も時間もない絶対0度(註2)の凍りついた世界だからだ。そのような環境下では、どんな生物であれ1秒足りとも生きられない。
 これほど重要な電磁波がなぜ邪魔者扱いされるのか。それを理解するには電磁波というものを正しく理解するところからはじめなければなるまい。
 電磁波とは、単純にいうと光子という極めて微細な粒子が波の性質を持って伝わる状態のことである。と、これでは難解過ぎて説明にならない。そこで範囲を絞って話を進めていくことにしよう。
 まず、光子というからには光が関係しているようだが、むろんその通りである。そもそも、光子という質量を持たない粒子の流れの一部を、我々の目は光として捉えているのである。だからとりあえずは光子=光と捉えてもよい。光には当たり前だが様々な色がある。色と色の間は互いに混ざり合うため明確な境界はないが、赤、オレンジ、緑、青、紫といくつかのはっきりと見える色がある。では、同じ光子の流れなのになぜ色の違いが表れるのか。これは同じ光子の流れでも波長という性質が異なるからである。光子は振動しながら伝わっていくものである。振動、つまり揺れながら伝わるということは波と同じ性質を持つことなる。1回の振動につきどれだけの距離を進むかという値が波長である。波長が短いということはそれだけ素早く振動しているということであり、波長が長いということはゆっくりと振動しているということになる。
 人間の目には波長の短い光は青みがかって見え、波長の長い光は赤みがかって見える。人間の目で捉えられる光の波長の範囲には限界があり、紫よりも波長の短い光は見えず、また赤よりも波長の長い光も見えないのだ。この人間に見える紫から赤までの範囲の光を特に可視光と呼んでいる。我々が光と言えば可視光のことである。おおまかな数値で表わすと波長360nm(註3)から760nmまでの範囲が可視光である。
 では、可視光の範囲外はどうなのだろうか。まず、紫よりも波長が短い領域を見てみよう。波長360nm以下、紫より波長の短い光子の流れは紫外線と呼ばれる。つまり、紫の外側という意味だ。紫外線はいくら浴びても目には見えない。だが、浴び続けることによって日焼けしていくことがわかるだろう。紫外線は化学反応を引き起こす力が強く、日焼けという現象も皮膚のメラニン色素が紫外線の影響を受けているために起こるのだ。化粧品の世界で「UVカット」といった文句をよく見かけるがUVとは紫外線のことである。紫外線は強力なため、あまりに大量に浴びると皮膚癌を引き起こしたり、ひどい時には火傷で死傷する事もある。だが、全く浴びずにいると体内のビタミンDが減少し著しく健康を害する事にもなる。
 波長1nm、紫外線よりも波長が短くなると、X線と呼ばれるものになる。X線は物質に対する透過性が強くレントゲン撮影に用いられている。この辺からは放射線とも呼ばれ、大量に浴びると放射線障害を引き起こし命を落すこともあるが、その威力を利用して特定の腫瘍細胞群だけに集中的に照射することによりそれを殺すという放射線治療にも利用される。
 波長10pm(註4)、X線よりも波長が短くなると、γ線(ガンマ線と読む)となる。X線よりもはるかに強力な透過性や殺傷性があるが、扱いもX線より難しい。この波長以下の領域は全てγ線である。
 紫より波長の短い領域はここまでである。
 次に赤よりも長い波長の光子の流れについて見てみよう。波長760nm以上、赤よりも波長が長くなると赤外線と呼ばれるようになる。名前の由来は紫外線と同じである。赤外線は人間の目には見えないが熱として感じられる。熱いと感じたらそれは大量の赤外線を浴びているのであり、寒いと感じたらそれは皮膚に届いている赤外線が少ないというわけだ。
 波長1mm、赤外線よりも波長が長くなると電波の領域に入る。電波は人間が何らかの形で捉えるのはほぼ無理であろう。これ以降は、どこまで波長が長くなっても「電波」である。だがこれではあまりにも電波の領域が広いため、さらにいくつかの領域に分類している。後に説明するが、巷で話題の「電磁波」というシロモノもこの領域に含まれている。
 ここまで見てきたように、γ線から電波まで全ては光子の流れであり波長の長短によって異なる性質を帯びるわけだが、これらを総称して「電磁波」と呼ぶのである。つまり、電波も電磁波なら光も、X線も全て電磁波なわけだ。では、邪魔者扱いされている「電磁波」とはなんなのだろうか。
 「恐怖の電磁波」を発する物としてやり玉に上がっているのは携帯電話や電子レンジ等である。これらに共通するのは「マイクロ波」と呼ばれる電波の一種である。
 電波、と一口に言っても大変範囲が広いため、波長の長さによってさらに分類している。その中でもっとも波長の短い電波がマイクロ波である。続いて短波、中波、長波、超長波となる。マイクロ波の特性としては、直進性が高いことが挙げられる。そこで、レーダ等に用いられる。また、電磁波は通信に用いた場合、波長が短いほど伝えられる情報量が多くなるという特長がある。したがって電波の中では波長の短いマイクロ波は伝えられる情報量が比較的多く、音声や映像を伝えるのに向いている。さらに、マイクロ波は水の分子に衝突して分子を振動させる性質が強い。分子の振動は熱になるので、マイクロ波は水を加熱することができるということになる。この原理で電子レンジは食材を加熱する(註5)
 これらマイクロ波の特性のうち、人体について(註6)特に問題とされるのが水分の加熱である。携帯電話などは脳のすぐそばで利用する。その際、脳の中を問題のマイクロ波が通過し、その加熱能力によって脳細胞に損傷を与えるという理屈だ。また、それだけの威力があるのだから遺伝子も損傷し癌などの原因になりはしないか、という意見もある。
 コンピュータからもマイクロ波は放射されている。それも特に本体とディスプレイからは大量に放射されているはずである。さらにその発生源に我々はあえて「目を向けている」ではないか。
 さらに、電磁波の発生源はこれだけにとどまらない。およそ電気を利用している、電気が流れている製品や物体からは何らかの電磁波が放射されている。蛍光灯も、テレビも、果ては電柱に張られている配電線まで・・・。
 やはり我々の健康は日々損なわれているのだろうか? 安息の日々は永遠に失われたのであろうか?
 だが、立ち止まって空を仰いでみよう。頭上に輝く太陽、これこそは最大の電磁波の発生源でもあるのだ。我々、そしてあらゆる生物は生まれてから死ぬまで、この絶大なまでの電磁放射に晒され続けるのだ。これが不健康だろうか? しかも、マイクロ波が生物に障害を与えるという意見はまだ実証されたわけではなく、危険度は不明なのでとりあえず防いでおいて様子を見ようという状態なのだ。
 ところが「危険かもしれないし、そうではないかもしれない」という言葉が、一度マスコミの耳に入るや否や「危険だ」と変化し、大衆に伝わるにつれて「大変危険だ」となってしまうのである。よりセンセーショナルに伝えた方が売れるという浅ましい商業主義が事実を歪曲していくのである。
 一度うまくいくと、また繰り返したくなるのが人の常である。より派手に、より過激にと際限なく繰り返しエスカレートしまう。これではまるで麻薬のようではないか。この悪習を断ち切らない限り必要以上の騒ぎが引き起こされ、過剰なほどの心配をし、資源を浪費し、心身をすり減らすことにもなるだろう。
 過激に語りたがる扇動者達の言葉を一蹴できるよう、正しい知識を蓄え、高い判断力を身につける。そうすれば不必要なほどの不安を持つことなく、適切に電磁波を防ぎ、そして心地好く浴びることによりその恵みを得ることできるだろう。
(註1)感謝すべきことに、そのようなことは理論的に不可能である。もし、その方法を発見した方がおられれば、それは現代科学を揺るがす超発見になるだろう。そして、精神科医の診察を受けることを勧める。
(註2)絶対0度とは物質の持つエネルギーが固有の振動を除いて0になった状態のことである。それは摂氏約-273度に達する。バナナで釘が打てるどころの騒ぎではない。
(註3)ナノメートルと読む。10億分の1メートルに相当する。
(註4)ピコメートルと読む。1兆分の1メートルに相当する。
(註5)このため、電子レンジに乾燥した皿だけを入れてもほとんど熱くはならない。